苦艾たまきさん作:「」とほぼ同時系列での関連したお話となります。

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「だーかーら!あんなでっかくてごっつい息子を生んだ覚えはなーいーのっ!!」

肩までの金髪を後ろで束ね、碧眼に銀縁眼鏡を掛けた30代後半~40代前半であろう白人男性は、机に伏せながら駄々っ子のように友人にぼやいた。

「茜ちゃんだって、レナちゃんが産んだわけじゃないでしょー?」
「わっかんないよ?!ニユの知らないうちに産んでたかもよ?!」

紫がかった黒髪長髪のドレッドヘアを後頭部でポニーテール状に束ねた無精髭の長身の男性、こちらは40代後半くらいである――ニユーシャーが、金髪――レナを宥めるように机の上――顔の周りに奇妙な異国の置物を並べた。ニユは世界各国を回りながらたまにNYのレナの家へ立ち寄り、まるで自分の家のように数日間滞在し、土産物を整理するとまたふらりとどこかへ消えていく。
今回もまた数日間の来訪中であり、訪問ついでの恒例行事のようなレナの愚痴を髭をいじりながらのんびりと、紅茶をすすって聞き流していた。

「えーやだーすごーい、さすがおいしゃさーん、産めたんだー、きゃーすごーいv」
「どーせ外で会ったんでしょ君ら。お土産渡してーとか言わないしさ!あーもーやだやだ!」
「わーv茜ちゃんじゃないけどきもちわるーいv何拗ねてんのこのへんたーいv」

レナは茜の養父であるが、過保護さゆえに本人からは避けられている。過去に一度だけ自分から惚れた女性から『あなたの子よ。大事にしてねv』と言われて何の疑問も抱かず預かり、以後本当に大事に育てているのだが、その事だけで大事にされているという状況と、彼女と娘への変質的なまでの愛情表現に本人達からは鬱陶しがられていた。
ニユーシャーは茜の幼少期から異国の品と珍しい話を土産に数ヶ月置きに自宅へ来訪していたため、こちらは当然のように懐かれ、今でも来訪の度にレナの見えない場所で顔を合わせたり連絡をとりあったりしていた。
レナにはそれが気に入らない。気に入らないというよりは寂しいのだ。
好きな女性から預かったからという理由だけではなく、見た目のカラーリングのそっくりさだけではなく、連れてこられた赤ん坊を抱いた時には自分から『俺の子だ』と感じたのだが、それすらも信じて貰えていないのだ。

「っつか何なんだよ!だからって勝手に外で『お兄ちゃん』とか『仲の良い兄弟ですね』って、何なの?!弟?!」
「いーじゃんべつにー。あ、紅茶おかわり。」

机を拳で叩きながら顔を上げたレナに、叩かれた机からサッとソーサーごとティーカップを持った二ユーシャーがキッチンへ向かいながら面倒くさそうに応えた。


数日前、とある事情により自分の患者が別のホスピタルへ救急搬送され、その身元引受人としてそこへ訪問した時、ナース達から聞き捨てならない噂話を聞いたのだ。
自分本来の医者としての仕事内容では無かったため、久々にスーツを着て身奇麗にしてきたので、折角だからと最初はナースへのナンパのついでの噂話だったのだが、仲良くなるにつれて聞き込んでいくと、どうやら娘らしき人物がこのホスピタルへたまに顔を出しているらしく、その目的の大半が『兄』と名乗る人物に会う事だという。
レナの知る赤毛の青年関連で無い事には安心したが、別の怒りが湧いてきた。

(弟って何だよ!!)

このホスピタルに関連する組織の事も知ってはいたが完全に忘れてしまっていた。
その後もナースは色々噂話を聞かせてくれたが、それはもう聞こえておらず、その『兄弟』が今はここに居ないとい事と、その外見を細かく確認し、まだ話足りなさそうな黒髪で小柄なナースに手を振り、内心穏やかではない状況で茜の立ち寄りそうな箇所へ向かった。茜が一人で居るのを見つけたとしたらラッキーで、もし逃げられそうになるか攻撃されそうになったとしても、二ユーシャーが近々来訪予定だと伝えたかったのだと言えば嘘ではない。
が、もしもその『兄』と一緒に遭遇したらと考えるだけで不愉快さに顔を歪め、道端で頭を抱えて一人しゃがみ込んだ。

大事な『娘』を勝手に『弟』として扱われ、そのままを良しとしているらしき人物と娘が一緒のところを見たら、たとえその人物が某裏組織の有名人だったとしても正常でいられる自身はなかった。
しかもその『兄』とされている青年は、闇医者界隈でも有名な『お節介』な医者の可能性が強い。

以前自分の診察室へ運ばれてきた病人に「偶然みつかればタダで手当してくれる医者がいる」と聞いたことがあり、レナ自身も一度だけ足早に去っていく後ろ姿を見たことがあった。
自分は表舞台には出られない経歴の闇医者であり、通常のホスピタルよりは高額で怪我人を治療するのが仕事だ。
自分のように表の病院に行けない事情の金持ちやゴロツキなど、持っている所からは容赦無く高額をむしり取り、理由もない料金の踏み倒しには全力で追い回す。
だが、事情のある場合は別で、なんだかんだ理由をつけておいて結局金銭を受け取らない場合もあった。
それが理由もなく無差別的に落ちている怪我人を頼まれもしないで治療して回り、しかも暴れるゴロツキ相手に手玉にとり、さらに恩を売るわけでもなく、ただ医者としての使命のようにそれだけをして去っていく人物が近所をうろついて居るとしたら、当然のように気に入らない。
それではまるでアメコミにでも出て来るヒーローで、商売敵としての邪魔な存在でしかなかった。

ふと、頭を抱えながら立ち上がり、レナは思い出したように自分の診察室へ全力疾走し、しばらくして上着を手に同じ場所へ戻ると、茜の捜索を再開した。


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「で、返り討ちにあった、と。あ、これうまーい。」

レナの愚痴を聞きながら数杯目に突入した紅茶をすすりながら、二ユーシャーが持参したカラフルな色の着いた異国のビスケットのようなものをつまむ。

「ちがう!あいつにやられたんじゃない!ってか、何あれ?!何なの?!直接負けてない!負けてない!!」

机に額をこすりつけながら、レナな両手を拳にしてプルプルと震えた。
もしかしたら下唇を噛んで涙目にもなっているかもしれない。


――

茜を探索中に一旦仕事部屋である診察室へ戻ったのは、落ち着かず居ても立ってもいられなくなり、顔を洗ってウイスキーを一杯一気に飲み込み、ついでに上着に巻いた愛器――他人のホスピタルへの訪問時にさすがに置いてきたショットガンを取りに行くためだった。
出会い頭にひと悶着起こす気は無かったが、娘のことや商売敵の事もあってとにかく落ち着かなかったのだ。
自分も腕力に自信がないわけではないが、相手にはどうやら武芸の心得があるらしく、超人のような怪力を持ち、背後には巨大組織が着いているとの噂も思い出し、向かってこられたら威嚇射撃をして全力で逃げようとも思っていた。

そんな若干弱気になりながら細い路地を抜け、大通りを越えた向かい側あたりにあるジャンク機材屋の立ち並ぶ一角に、自分の娘を見つけ、その隣を見て一瞬で脳が沸騰するのを感じた。

「来んじゃねえ!!」

気づかれたと思った瞬間に娘――茜に怒鳴られて一瞬我に返ったが、その後の事は実にかっこ悪い事態となった。

とりあえず娘の隣の人物の顔に一発拳を叩き込みたかったが、車線の多い大通りでの車の流れは止まらず、普段ならば出来るだけ娘に怒られること――一般人への迷惑行為は避けるのだが、こちらを確認するやいなや背中を向けて疾走しだした金髪の青年を見た途端、怒りと焦りでついうっかりショットガンで車道の流れを止め、無我夢中で我を忘れ、そこが誰の縄張りであるか普段なら気にしながら歩いている地域なのも忘れ、つい追いかけてしまったのだ。

「ちょっと待て!てめぇー!!!!!あ、待って!ごめっ…!て、てめぇーーーーーー!!!!!!」

格闘なら負けそうだったが足の速さにならちょっとだけ自身があったのだが、遠くなる金髪の青年と娘の背中に叫んでも、良く考えずともそこは他人の縄張りで、青年がすれ違った箇所に居たゴロツキやその仲間らしき集団に囲まれて自然と戦闘開始してしまい、その乱闘に揉まれているうちに、青年の姿も娘の姿も見失ってしまったのだ。

そして最終的にはショットガンを数発、威嚇射撃と共に最初の計画通りに全力で逃げ帰ってきた。
相手の人数の多さに肉弾戦では埒があかず、かと言って下手に手を出したら収拾がつかなくなるのでそれだけは避けるため、自身と身内へのトラブルを避けるため、不本意ではあるが全力の敗走、逃げた青年の作戦勝ちだった。


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「仕方なく、仕方なく逃げただけだし!あんな卑怯むっつりに負ける気しねーし!次会ったら、次会ったら…!!!」
「あー、はいはい。無事でよかったねー?…ぁふっ…」

机にうつ伏せたままギリギリと歯ぎしりをし、良く見ると殴られた痕が残るレナ横顔をチラリと見やり、その手元の時計で旅行先の時差を確認した二ユーシャーが眠そうに適当になだめ、背中を軽く叩いた。


二ユーシャーはここへ来る前、レナの予想通り先に茜に会っており、最近自分に似た外見の青年をからかって『弟』の振りをして遊んでいる事、その青年が実はある裏社会を仕切る知り合いより強い裏番長みたいな存在だと言う話、その人達と愛しの赤毛の青年との困ったけど楽しかった出来事、いつもの友人達の最近の面白かった行動、そして数日前に父親であるレナの起こした憤慨極まりない事態まで聞かされて居たのだ。

その後その父親の自宅へ来訪するなり「ちょっと聞いてよ!」と駄々っ子のように荒れて話し出す彼を見て、こりゃ長そうだと、笑いながら聞き流す事を最初から心に決めていたのだった。

そして近々、娘直々の単独自宅訪問による二ユーシャーとのここでの会合と、父親への鉄拳制裁兼迷惑行為へのお説教が待っている事は黙っていることにした。 レナが喜び今とは違う意味で余計に面倒くさくなり、茜の心労が更に増すだけであったし、黙ってたほうが面白いものも見れそうだとも何となく思っていた。


ここの親子は血の繋がりはないけれど、見た目は充分に、そして何だかんだ過激な方法でそれなりの関係を維持しようとしている所が似ている。
はたから見た仲の悪さもこの家の名物のようなもので、茜が今だにちゃんとレナの事を外では『父親』――頭に『変態』『きもい』『うざい』なども加わる場合が多いが――だと他人に言えるのを考えると、当たり前のようだが親子の関係を切るつもりも無いらしい。

(なかよしだねぇ)

二ユーシャーは細い目をさらに細くし、茜が嫌がって否定しそうな事を思い、聞き流すにも飽きてきたレナの愚痴はどこか遠くのお話へ、時差で寝ぼける頭でのんびりと、そろそろベッドへ向かう事だけを考えていた。



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wackyさん宅:二ユーシャーさん
苦艾たまきさん宅:リチャードさん(茜の『兄』だと勘違いされている青年)
xacraさん宅:ニキさん(赤毛の青年)

上記方々のキャラクター様お借り致しました。
有難うございました(礼)