たとえば、

難易度の高い脱出ゲームで、ポンポンとヒントが見つかってゆくテンポの良い気持ちよさ。
落ちるべきところで落ちる、期待通りのローラーコースターの爽快感。
手にした地図を握りしめ、憧れの地を目前に歩き出す高揚感。

そういった類の気分に似ている。

目の前にあるのは、さほど大きくもない17インチのラップトップ。
軽快にリズミカルに、キーを叩いていく度に気分が高揚していくのは、敵キャラクターが強ければ強いほど没頭していくアクションゲームにも似ている。今の現状は、あえてセーブせずにいよいよボス戦…といった、自身を追い込んででも楽しみたいスリルを目前にして手に汗握るところ。

ここで一気に深層部まで潜り込んでしまえばこっちのもんだ。

モニターに映る何重にも絡まったパズルのような文字列、それを全て解除してしまえば、とある有名企業が翌日には丸っと潰れてしまうようなネタがわんさか転がっている箇所が閲覧可能になるはずだ。
でも、実はそこにはあまり興味がない。
目的は情報そのものへの興味ではなく、システムを攻略する事だ。
どんなに世間的に価値のあるものでも、一部の上層部が喉から手が出るほど欲しい情報でも、たまに仕事として請け負った部分であれば、情報を弄ったりコピーしたりもするが、それはあくまでも「ついで」である。
趣味を兼ねた収入を得られるのなら、こんなに楽しいことはない。
今はまさにその宝部屋を前にした最後のゲート。

攻略開始時、手の動きと気分に合わせヘッドホン――自身のではない――から流していたアップテンポのリズムはとっくに途切れていたが、それには気づいていたものの、高揚感を逃すまいと手は止められず、代わりに名もない「何か」を口ずさんだりしていた。

最後の難関の前にひと呼吸…
背後にあるいつもの気配を感じながら、自然に呼吸を整えようとしてふと耳を澄ませた。

ヘッドホン越しに聞こえる、聞きなれた小さな金属音。
それに混ざる僅かな空気の流れが、さっきまでの興奮を一瞬にして忘れさせた。

呼吸もできない、自身の心音すら邪魔に感じるそれが、今の自身の全てを支配している。
耳がそれを欲しているのにヘッドホンすら外せない。
身動き一つでこの空気が壊れてしまうかもしれない。
酷く脆いそれに対する恐怖と、内側から込み上げてくる、さっきまでとは全く別物の高揚感。

この感情を何と呼べばいいのかわからない。
ただこのまま、そこにある空間を邪魔せぬように、己を殺すことしか考えられなかった。
この時が永遠になれば良いのにと思った。

何の意識もなくそれは途切れ、いつもの背中からこちらを向いたその空気感の中には、意識されるはずもないはずの、ついさっきまで、自身の口にしていた名もない「何か」が含まれていた。
確認と同時に喉まで込み上げた何かを飲み込んだ。
落胆と、またもうひとつの高揚感。
それを悟られまいと、思い出したように動き出した自身の体を解すように、ヘッドホンを持ち主へと投げつけた。


現実味のない浮遊感の中で、日向の中で透ける赤い髪と微睡むようなその光景が、
うっかり綺麗だとまで思ってしまったんだ。